高橋暁子ラボ

細胞老化とは

私たちの体を構成する細胞は加齢と伴に「細胞老化」をおこします。 細胞が老化する原因はあらゆるストレスであり、細胞老化がおこると細胞の増殖は不可逆的に停止します(Takahashi et al., Nat Cell Biol, 2006: Imai et al., Cell Rep, 2014)。 がん遺伝子の活性化や酸化的ストレスなどの発がんストレスも細胞老化を引き起こす原因の一つであり(Takahashi, , Nat Rev MCB, 2024)、近年では抗がん剤や放射線などのがんの治療やウイルス感染も細胞老化を促進することが知られています(Yamauchi et al., J Biochem, 2025)。私たちは、個体老化や肥満などのストレスによって老化細胞が体内に蓄積してゆくことを 老化細胞イメージングマウスや老化細胞特異的酵素活性プローブを用いた研究で明らかにしてきました(Yamakoshi & Takahashi et al., JCB, 2009; Tanaka et al., Cancer Sci, 2024)。細胞老化は生体内で異常な細胞の増殖を止めるがん抑制機構として働く一方で、発がんを促進する負の側面があることもわかってきました(Loo et al., Cancer Sci, 2020)。

出典:細胞工学2015年

SASPと細胞外小胞

出典:Nat Commun 2018年

加齢と伴に体内に蓄積した老化細胞は、さまざまな炎症性蛋白質を周囲に分泌するSASP (Senescence-associated secretory phenotype)をおこして、がんをはじめとするさまざまな加齢性疾患の発症や病態の悪化に関わることがわかってきました。 私たちは細胞老化でSASPがおこる分子メカニズムの解析を行い、老化細胞ではDNAメチル化酵素(DNMT1)やヒストンメチル化酵素(G9a/GLP)の発現低下によってエピジェネティックな遺伝子発現抑制機構が破綻し、様々なSASP遺伝子の発現が誘導されることを世界に先駆けて明らかにしてきました(Takahashi et al., Mol Cell, 2012)。また、老化細胞ではゲノムDNAが断片化し、細胞質でcGAS/STING経路を活性化することがSASP遺伝子の発現に重要であることを報告しました(Takahashi et al., Nat Commun, 2018; Sugawara et al., Commun Biol, 2022)。さらに、老化細胞では細胞外小胞の分泌も亢進しており、周囲の細胞に取り込まれSASP因子として機能することもわかってきました(Takahashi et al., Nat Commun, 2017; Hitomi et al., IJMS, 2020; Misawa et al., IJMS, 2022)。そのため、老化細胞が分泌するSASP因子や細胞外小胞の産生機構や生体機能を研究することで、個体老化や加齢性疾患の発症メカニズムの解明を目指しています。

代謝異常

出典:Nat Commun 2025年

老化細胞は正常な細胞とは異なり、さまざまな代謝異常が観察されます。例えば、老化細胞ではミトコンドリアにおける脂肪酸代謝が活性化しており、細胞老化誘導因子であるp16の発現に関わることが明らかになっています(Yamauchi et al., Sci Adv, 2024)。 また、私たちは老化細胞では鉄が蓄積しているにも関わらず鉄依存性の細胞死であるフェロトーシスに耐性を獲得していることに着目し、そのメカニズムの解析を行いました。 その結果、老化細胞ではリソソームの機能異常によって脂質過酸化がおこらずに、細胞死が誘導されないことを見出しました。そしてこの耐性機構は膵がん細胞にも共通していたことから、がん微小環境中の間質の老化細胞と膵がん細胞の両方を標的とした新たながんの予防・治療法の開発を進めています(Loo et al., Nat Commun, 2025)。

ノンコーディングRNA


出典:PNAS 2021年

老化細胞では染色体の構造が変化していることが観察されていましたが、その意義はわかっていませんでした。私たちは、細胞老化によって染色体のペリセントロメア領域が開いて、この領域からノンコーディングRNAであるサテライトII RNAの転写が亢進していることを同定しました。さらなる解析から、サテライトII RNAが染色体構造を維持するために重要なタンパク質のCTCFと結合し、その機能を阻害することで染色体相互作用を変化させ、正常な細胞ではおこらない炎症性遺伝子群(SASP遺伝子群)の転写を誘導することを明らかにしました(Miyata et al., PNAS, 2021)。 さらに、染色体のペリセントロメア領域は、老化細胞だけでなくさまざまながん細胞でも開いていることを、乳がん患者検体を用いたエピゲノム解析によって明らかにしました(Miyata et al., PNAS, 2022)。 しかし、老化細胞やがん細胞でなぜこのようなエピゲノムの異常がおこるのか、その分子機構は未だ明らかになっていません。私たちはゲノムの遺伝子をコードしていないIntergenic領域に着目して、エピゲノム異常が起こる分子メカニズムの解析を行っています。

セノリティック・ドラッグ

出典:実験医学 2022年

近年、加齢性疾患や個体老化の原因となる老化細胞に選択的に細胞死を誘導するセノリティック・ドラッグや、有害なSASPを抑制するセノモルフィック・ドラッグの開発が世界的に進められています。 これらの老化細胞を標的とした治療を総称してセノセラピーもしくはセノリティクスと呼ばれています。私たちは、体内の老化細胞が分泌するSASP因子によって、がん遺伝子変異が入った細胞を除去するがん抑制機構(細胞競合)が阻害されることを見出しました。そして、セノリティック・ドラッグの投与によって老化細胞を排除すると、細胞競合が活性化してがん変異細胞を体内から除去できることを示しました(Igarashi et al., Nat Commun, 2022)。 このように、老化細胞を標的とすることで加齢性疾患の発症や進展を予防・治療できることが期待されています。しかしそのためには、正常な細胞には影響を与えないように老化細胞に特異的な細胞死耐性機構を理解することや、生体内で老化細胞を診断できる科学技術の開発が必要です。

私たちはこのような科学技術の開発によって高齢化社会の医療に貢献したいと願っています。

私たちが取り組んでいる研究プロジェクト

  1. 1.老化細胞が分泌する炎症性SASP因子や細胞外小胞の生体機能の解析
  2. 2.老化細胞でおこる代謝異常のメカニズムの解析
  3. 3.エピゲノム異常とnon-coding RNAの解析
  4. 4.老化細胞を標的とした医療開発
  5. 細胞老化の分子機構を研究することで、「老化と加齢性疾患」という生命現象の理解を目指しています